双子ときなり*のおきにいり

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zoom RSS 山口・広島旅行☆その2

<<   作成日時 : 2014/08/06 23:07   >>

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山口旅行1泊目のお宿は、
『萩城三ノ丸 北門屋敷(ほくもんやしき)』
萩城下町の伝統的建造物群保存地区の中に位置する旅館。
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純和風のお部屋から眺められるのは、日本庭園。
カフェから望めるパティオはイングリッシュガーデン。
という不思議な造り。
でも洋風がとってつけたようではなく、
和の建物に調和していて、
お庭も館内もスタッフもクオリティが高くいいお宿でした。(HPあり)
お料理も剣先イカにふく、あわびと海の幸を堪能〜
ああ、幸せ♪

さて、2日目です。
本日も朝から雨(;_;)

そもそも、山口方面の旅行に決まったのは、
夫婦ともにいつか萩に行ってみたかったから。
我が家の住んでいるところかでは、
どこかのついでに寄るなんてことは絶対にない土地。
とうとう来た〜!!

お宿をチェックアウトしてまず向かったのは、
宿近くの、
『萩城跡』
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萩城は慶長9年(1604)に毛利輝元が指月山麓に築城したことから、別名指月城とも呼ばれ、山麓の平城と山頂の山城とを合わせた平山城。
海の近くなのに山に囲まれていて不思議な感じ。
そして、城跡しかないのに広い〜立派。
我が家結構な確率で旅では城&城跡めぐっていますが、
ここは、今建物なんにも残っていなくても
すごかったんだなぁと想像できる城跡でした。
この後駐車場前にあった『厚狭毛利家萩屋敷長屋』を見学してから、
菊屋横丁へ。

ここから幕末の志士めぐり。
『高杉晋作誕生地』
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『木戸孝允(桂小五郎)旧宅』
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生まれてから嘉永5年(1852)に江戸に出るまでの約20年間を過ごした家。
若いころに書いた落書き「死而後已(ししてのちやむ)」がありました。
「死んでしまえば、すべてが終わってしまう」→、 つまりは
「死ぬまで努力する」という意味らしい。
…どんな落書きやねん。

屏風は幕末期の城下町絵図。
このままの地図で今でも街歩きできるというのが、
萩のうりですが、
ガイドさんが言うには、このままの区画が残ったのは
城下町内に電車が走らなかったからだという。

ああ、書き出すと長い〜
まだまだ行きますよぉ。笑

車で少し移動して、
『松下村塾(松陰神社内)』
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幕末期に吉田松陰が主宰した私塾。
ここで松陰が教えたのは1年と少しだというから驚き。
吉田松陰の意思を継ぐ維新志士たちを数多く輩出した。
「明治維新胎動の地」という石碑があったけれど、まさにその通りだなぁ。

松陰神社のすぐ近く、この人も塾生だった。
『伊藤博文旧宅・別邸』
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本当はまだまだあったのですが、
時間の関係上、どうしても行っておきたい場所をチョイスして、
周りました。
江戸や京からはるか遠い端っこにある萩。
この場所で日本という国の未来を、または、世界の中の日本を
考えた長州藩の人々すごいです。

名残惜しいけれど萩を後にして、
宿へ向かう前に寄ったのが、
『秋吉台カルスト台地』
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この日はずーっと雨が降ったりやんだりで、
足元がびしょびしょだったので、
カルスト台地は道路側から写真のみ。

そして、
『秋芳洞』
父母はウン十年ぶり。
そして、ryo・tomoはたぶん2年後に修学旅行でまた来ますが、
入りました。
通年17℃、めっちゃ涼しい〜☆
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ryo・tomoは途中「冒険コース」という
壁のぼりみたいな険しいコースを
ふたりで楽しんで来ました。
(詳しくは秋芳洞のHPにあり。)

本日のお宿は湯田温泉。
『古稀庵』
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最近ライブラリーのあるお宿が多いですね。
親子ともども、この空間が好きなので夢中になっちゃいます(^-^)

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